【日本経済史から読み解く】積極財政と緊縮財政の違いを分かりやすく解説!

経済史

政治経済のニュースでは、よく「積極財政」「緊縮財政」といった専門用語を目にしますよね。

この財政というのは「景気が悪いとき、国はどう動くべきか」という非常に重要なテーマです。

近年では安倍総理や高市総理は積極財政寄りの政策をとっていますが、アベノミクスのように積極財政に対して否定的なイメージを持っている人も多いかもしれません。

実は日本は、戦後から現在までに積極財政と緊縮財政の両方を何度も経験してきました。

今回は、積極財政・緊縮財政の解説と、日本の経済史から見る両者のメリット・デメリットを紹介します!

そもそも積極財政・緊縮財政とは?

まずは言葉の整理から始めましょう。

積極財政とは

国が積極的にお金を使って経済を動かそうとする政策です。

積極財政の例
  • 公共事業を増やす
  • 給付金や減税を行う
  • 教育・医療・インフラに投資する

このように、積極財政は

国がお金を使う → 企業や個人に回る → 景気が良くなる

という流れを作ることを目的としています。

緊縮財政とは

国の支出を抑えて、財政の健全化を優先する政策です。

緊縮財政の例
  • 増税
  • 社会保障の削減
  • 公共事業の縮小

こちらは

「借金を増やさない」「財政を引き締める」

といったように、節約して国の財政状態の改善をすることを重視しています。

江戸〜昭和の経済政策は積極財政?緊縮財政?

積極財政と緊縮財政についてだいたい理解できたかと思いますが、社会や経済にどのような影響を与えるのか気になりますよね。

ここでは、日本の経済史を振り返って積極財政・緊縮財政が社会や経済にどのような影響を与えたのかを確認していきましょう!

日本の経済史をざっくり見ると、次の傾向がはっきりしています。

江戸時代

江戸時代①:享保の改革(徳川吉宗)→緊縮財政&積極財政

政策の内容

江戸幕府の7代将軍徳川家継が8歳で死去したことで、徳川3家の1つ「紀伊」の当主であった徳川吉宗が8代将軍につき、幕府の財政悪化を立て直すための改革である享保の改革を行いました。

享保の改革の主な内容
  • 倹約令(贅沢禁止)
  • 年貢の安定確保
  • 新田開発
  • 新しい産業の奨励

倹約令や年貢率の引き上げ(増税)といった緊縮財政を行った一方で、新田開発による収入増加や堂島米市場の公認、サツマイモやサトウキビといった新しい産業の奨励など積極財政の要素を含んでいました。

結果

  • 幕府財政は安定
  • 農民の負担が増加

倹約令や新しい産業の奨励などによって結果として財政再建は進みましたが、増税によって農民の負担が大きくなり一揆や打ちこわしが起こるようになってしまいました。

江戸時代②:寛政の改革(松平定信)→緊縮財政

政策の内容

天明の大飢饉後、都市部(特に江戸)で激しい打ちこわしが起こるなど社会が混乱におちいってしまいました。これを立て直すために老中の松平定信によって寛政の改革が行われました。

寛政の改革の主な内容
  • 倹約令の徹底
  • 農民の都市流出禁止
  • 出費の大幅削減
  • 風紀・思想の統制

このように、寛政の改革は歴史的な飢饉や田沼時代の積極財政への批判から、「節約と統制による引き締め」といった緊縮財政が行われました。

結果

  • 幕府の権威は一時回復
  • 商業活動は停滞
  • 人々の不満が増大

結果として、厳しい統制や倹約令に対して民衆は反発し、さらには皇族との対立(尊号一件)もあり、たったの6年ほどで老中を退任させられました。

江戸時代③:天保の改革(水野忠邦)→緊縮財政

政策の内容

幕府の財政難と内憂外患の対策として、老中の水野忠邦は天保の改革を行い幕府権力の強化を目指しました。

天保の改革の主な内容
  • 倹約令
  • 商人統制
  • 株仲間の解散

享保の改革や寛政の改革にならって、倹約令など取り締まりがメインの政策を実施しました。

結果

  • 商業活動が混乱
  • 景気が急激に悪化
  • 改革は強い反発を受けて失敗

天保の改革は厳しい統制と不景気が重なり、庶民の生活だけでなく旗本や御家人の生活を圧迫しました。

また、財政の安定を図る目的の上知令(土地を幕府の直轄地にする)など幕府が発令した政策が批判を浴びて撤回・実施の取りやめが起きるなど、天保の改革は失敗に終わるだけでなく幕府の権力の低下が露呈することになりました。

江戸時代の経済まとめ

江戸時代の経済政策は全体的に「質素倹約」がメインで、緊縮財政よりの政策であることが分かりますよね。

ただ、寛政の改革や天保の改革のように、厳しい統制によって安定を図ろうとすると反発が起き失敗に終わっています。

田沼意次時代の政治は印旛沼・手賀沼の大規模な開発や通貨量の増加、民間経済の活発化など積極財政よりの政治もありましたが、全体的には緊縮財政がメインといえるでしょう。

明治時代~昭和初期

明治時代:松方財政→緊縮財政

政策の内容

政府が西南戦争の戦費として不換紙幣を増発したことや、兌換義務が無い国立銀行が続々と設立されて不換紙幣を発行したことから、国内では激しいインフレが起こってしまいました。

兌換紙幣・・・金や銀などと交換できる紙幣(価値があるものと交換できることで通貨に価値を持たせる。)
不換紙幣・・・金や銀と交換できない紙幣(信用によって通貨に価値を持たせる。現代社会は不換紙幣)

そこで、大蔵卿に就任した松方正義はこのインフレを抑制するために

  • 増税
  • 歳入の余剰で不換紙幣を処分
  • 軍事費を除く政府支出削減

を行いました。

結果

  • デフレ政策によって物価が下落
  • 農民・中小事業者は困窮
  • 民権運動の激化

中央銀行(日本銀行)の設立による銀本位制の整備や不換紙幣の廃止など経済の仕組みが整った一方、激しいデフレ政策によって物価が下落し深刻な不況に陥ってしまいました。

さらに、デフレに関わらず地租(土地利用の税金)は定額で、この上に増税がのしかかったので、農民は土地を手放すなど社会が混乱しました。

この結果、民権運動が激化し、後の自由民権運動につながっていきます。

昭和初期:高橋是清の経済政策→積極財政(日本史屈指の成功例)

政策の内容

第一次世界大戦後に欧米が金本位制に復帰したことで、1930年に日本も金輸出解禁を行って為替相場の安定を図りました。しかし、前年(1929年)にニューヨークのウォール街で発生した株価暴落を引き金に世界恐慌へと拡大し、日本も深刻な恐慌におちいってしまいました。

金本位制・・・通貨を金と交換できることを原則とした通貨制度(兌換紙幣)。通貨の価値=金の価値に固定することで通貨の価値が安定しますが、「通貨の発行可能量=金の保有量」といった制限があります。

そこで、1931年の犬養毅内閣の高橋是清蔵相は、当時としては異例の政策を取ります。

  • 金本位制の廃止→管理通貨制度へ移行
  • 円安を利用して輸出の拡大
  • 赤字国債を発行
  • 軍事・公共投資を拡大

このように、高橋是清が行った政策は積極財政よりといえます。

結果

  • 日本は主要国より早く恐慌から回復
  • 雇用と生産が改善
  • 軍需や保護政策で重化学工業が発達

高橋是清が行った積極財政により、日本は他の資本主義国と比べていちはやく不況を脱出し、不況下では積極財政が有効であることを証明しました。

昭和~現代の政策

戦後日本①:高度経済成長期は「積極財政」

戦後の日本はGHQとともに焼け野原からの復興を目指しましたが、インフレやドッジ=ラインによる不況などに苦しみました。

しかし、その後朝鮮戦争による特需繊維や金属類の好景気を受け息を吹き返し、さらに政府は重点産業に対して積極的に投資し、電力や造船、鉄鋼業などが活発になりました。

このように、戦後に政府が政策として行った内容(インフラ整備、企業への投資など)を見てみると積極財政寄りといえます

特に戦争特需以降は設備投資が活発化し、1950〜70年代にかけて日本は世界でも例を見ない経済成長を遂げました。

日本経済②:バブル崩壊後、景気は悪化(緊縮財政)

1990年代初頭、バブル経済が崩壊し、企業は投資を控え、個人はお金を使わなくなり、日本経済は一気に冷え込みました。

一度景気は回復したものの、日本政府は、1997年に「消費税の増税」や「公共支出の抑制」といった緊縮財政を行い、さらには同じ年にアジア通貨危機(アジア諸国の通貨・金融危機)が起こるなど日本は深刻な不況になり、倒産や大規模なリストラによって大量の失業者が発生しました。

これにより日本は30年もの間デフレ経済による長期停滞に入りました。

日本経済③:アベノミクスなど積極財政(増税による緊縮財政もある)

2010年代に入ると、長いデフレ不況を脱却するためにアベノミクスという金融緩和など一定の積極財政が行われました。

アベノミクスとは?
  • 大胆な金融緩和
  • 機動的な財政政策
  • 民間投資を促す成長戦略

アベノミクスはこの3つの政策を軸に、デフレ時の少ない需要を「金融・財政政策」によって作り出すことで景気を回復させて2%のインフレを目指すという政策です。

デフレの脱却を目指したアベノミクスは、大規模な金融緩和公共事業の増加により極端だった円高・株安の改善や企業の雇用の増加などの効果はあったものの、同時期に行われた消費税の増税(緊縮財政)により、思ったほどの結果にはなりませんでした。

まとめ:日本の経済史から何が読み取れるのか

ここまでを整理すると、

  • 積極財政・・・不況時に行うことで経済が安定に向かう
  • 緊縮財政・・・財政健全化には効果的だが、国民から反発を受けやすい

のように、日本の経済史はかなりはっきりした傾向を示しています。

ここまでの歴史を振り返ると積極財政の方が効果的に見えますが、もちろん積極財政によるデメリットもあります。

例えば、積極財政には

  • 国債を発行(赤字の増加)
  • 通貨量増加によるインフレ
  • 信用低下による通貨価値の下落の恐れ
  • 物価高騰による消費の抑制

といったデメリットがあります。

このように、政策にはメリット・デメリットがつきものです。

積極財政や緊縮財政は社会科目の受験対策だけでなく、私たちの日々の生活に大きな影響を及ぼします。

各政党の公約を見てみると積極財政or緊縮財政のどちらの政策を勧めようとしているのかわかるので、ぜひ判断基準に入れてみてはどうでしょうか!

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