「デリバティブ(金融派生商品)」と聞いて何を思い浮かべますか?
「ニュースで聞いたことはあるけれど、実態はよくわからない」
「簿記の勉強で『為替予約』や『ヘッジ会計』として少し知っているくらい」
という方が多いのではないでしょうか。
投資には難しい専門用語がたくさん登場しますが、
「難しくてよくわからない」
「知らなくても大丈夫」
のように、自分にはあまり関係のないものだと感じてしまうかもしれません。
しかし、デリバティブ取引は、企業が「想定外の損害を防ぐ」ために日常的に使っていたり、投資家たちが「自分の資産を暴落から守る」「少ない手元資金で効率的に資産を増やす」ために使いこなしたりと、とても実用的なツールです。
今回は、「簿記の知識」や「統計学」を使ってデリバティブが実際に「どのように資産を守る・増やすのか」を具体的な数値を用いてわかりやすく解説します。
デリバティブ取引とは?
簿記の勉強をしていると、「為替予約」「オプション」などのデリバティブ取引が登場します。
でも、現実の企業はなぜこんな面倒な取引を行っているのでしょうか?
簡単にいうと、
「コントロールできない外部のリスクから、自分たちの利益を守るため」
です。
たとえば、日本の自動車メーカーがアメリカに車を輸出する場合を考えてみましょう。
「1億ドル」の売上を見込んでいて実際に「1億ドル」の売上を記録しましたが、入金されるまでに金利が変動すると売上金額に大きな影響を与えます。(急激な円高が起こると売上が大きく下がってしまいます。)
そこで、銀行と「半年後に1ドル=145円でドルを円に換える(プット・オプション)」という契約をあらかじめ結んでおきます。
これにより、もし入金までに1ドル=100円の超円高(大暴落)が起きても、企業は「145円で売る権利」を使って利益を守ることができます。
簿記で学ぶ複雑な仕訳の裏側には、このような「倒産を防ぐための手段」という企業にとって不可欠な防衛策が隠されています。
そして、この企業の「倒産を防ぐための手段」は、私たち個人投資家も全く同じように使うことができます。
デリバティブで資産を「守る」方法

まずは、デリバティブを使った「資産を守る方法」を解説します。
現在、カブ君はケチャップを製造しているトマト株式会社の株式を100万円分保有しています。
ある日、ニュースで「今年は異常気象で深刻なトマト不足になるかもしれない」と報道されました。
カブ君は
「ケチャップの生産が減って、トマト株式会社の株価が大暴落するかもしれない…」
と不安になりましたが、長期的な成長は信じているため株を手放したくはありません。
こんな時こそ、デリバティブ(プット・オプション=売る権利)の出番です。

カブ君はプレミアムとして2万円を支払い、「1ヶ月後に、手持ちの株を今の価格(100万円)で売る権利」を買いました。
パターンA:トマト不足で株価が大暴落した場合(株価が30%下落)

予想通り異常気象が原因で深刻なトマト不足になり、トマト株式会社の株価は下落してカブ君の手持ちの株の価値は70万円に激減してしまいました(-30万円の損)。
しかし、カブ君には「100万円で売る権利」があります。
この権利を行使することで、価値が70万円に暴落した株を100万円で買い取ってもらうことができます。
【結果】
株の損(-30万円)+ 権利の利益(+30万円)- プレミアム(2万円)= ー2万円のみ
デリバティブを使っていなければ30万円の損失でしたが、わずか2万円のプレミアム分しか損を出しませんでした。
パターンB:予想が外れ、株価が120万円に値上がりした場合

予想と反して今年のトマトは豊作で、トマト株式会社は新作のケチャップを販売するなど株価が120万円まで上がりました。
カブ君はプレミアムを支払って「100万円で売る権利」を手にしましたが、市場で120万円で売れる株をわざわざ100万円で売る必要はありません。
自分にとって不利な状況なら、この権利は「放棄(キャンセル)」することができます。
【結果】
株の利益(+20万円)- プレミアム(2万円)= +18万円の利益
このように、損失は「最初に払ったプレミアムのみ」に限定され、利益はそのまま受け取ることができるのがデリバティブの強みです。
デリバティブで資産を「増やす」方法

デリバティブは守りだけでなく、資産拡大にも非常に効果的です。
カブ君は、トマト株式会社が今年中に新製品「プレミアムケチャップ」を発表し、株価が上がると予想しています。
しかし、現在の株価は1株10,000円で、カブ君の手元には5万円しかありません。
現物株を買う場合、5万円ではわずか5株しか買えないので、もしこのまま株価が20%急騰して12,000円になっても、利益は「2,000円 × 5株 = 1万円」しかありません。
これでは資産は少ししか増えませんよね。
そこで、デリバティブ(コール・オプション=買う権利)を使います。

カブ君は1株あたり500円のプレミアムを支払って「トマト株式会社の株を10,000円で買う権利」を100株分(合計5万円分)買いました。
新製品が大ヒットし、株価が予想通り12,000円に急騰した場合

カブ君の予想通り、ケチャップの新製品は売上を伸ばして、株価も12,000円まで上がりました。
ここで、カブ君は市場で12,000円になった株を「10,000円で買う権利」を行使できます。
1株あたり2,000円分有利に買える権利であり、これが100株分あるので、権利の総価値は20万円になります。
結果: 20万円 - プレミアム(5万円)= +15万円の利益!

株価が12,000円に値上がりした時点で、カブ君が持っている「10,000円で買える権利」は、20万円(2,000円×100株)の価値があるチケットになっています。
そのため、カブ君はわざわざ100万円を用意して株を買うのではなく、「このチケット(オプションの権利そのもの)を、オプション市場で他の人に20万円で売却」します。
元手がたったの5万円で15万円の利益を生んだので、利益率は+300%(3倍)です。
このように、デリバティブを活用することで現物株(利益率+20%)の取引とは比べ物にならない爆発力で資産が増加します。しかも、株価の値上がりに伴って利益はどんどん大きくなります。
もし新製品が不発で、株価が5,000円に半値暴落した場合

カブ君の予想は外れて、ケチャップの新製品は不評でほとんど売れず、株価も5,000円まで下がってしまいました。
これが、もし通常のレバレッジ取引なら莫大な借金(ー50万円)を背負うところですが、デリバティブ取引の場合、オプションの買い手は「権利を放棄」すればよいだけです。

レバレッジ取引の場合、手元の5万円を担保にして証券会社から残り95万円を借金して100万円分の株を買うことになります。
そのため、株価が5,000円まで下がってしまうと、レバレッジ取引の場合「元本全損 + 45万円の借金」になってしまいます。
このように、デリバティブ取引では、株価がどれだけ暴落しても損失は最大でも最初に払ったプレミアム(5万円)分のみになります。
「損失はプレミアム代(5万円)のみなのに、何倍もの利益が狙える」という、少ない資金から資産を急拡大させる夢のような可能性を秘めているのがデリバティブです。
【応用編】オプションの「売り」で利益を狙う方法とは?
ここまでは、プレミアムを支払って「権利を買う」ことで、資産を守ったり、少額から爆発的な利益を狙ったりする方法を解説してきました。
しかし、市場で誰かが「権利を買っている」ということは、その裏には必ず「権利を売っている人」が存在します。
オプション取引におけるもう一つの投資手法が、この「オプションの売り」です。(プロ向け)
一言でいうと、オプションの売りは「あなたが保険会社になって、保険料(プレミアム)をコツコツ受け取るビジネス」です。
「売り手」の利益の仕組み

先ほど「100万円のトマト株の暴落に備えて、2万円のプレミアムを払ってプット・オプション(売る権利)を買った」という例がありましたよね?
もしあなたがオプションの「売り手」になった場合、まず最初に買い手であるカブ君から2万円のプレミアムを受け取ります。
・株価が上昇した場合

株価の暴落が起こらなかった場合、買い手であるカブ君は権利を放棄していましたよね。
この場合、あなたが最初に受け取った2万円は、そのままあなたの利益になります。
・株価が下落した場合

一方で、株が70万円に大暴落した場合、買い手であるカブ君は「100万円で買い取ってくれ」と権利を行使してきます。
この場合、あなたは市場で70万円の価値しかない株を、約束通り100万円で買い取らなければなりません(30万円の損失)。
なぜプロは「売り」を好むの?
ここまでの解説だと、
「株価が暴落したら大損するなら、売り手になる人はいないのでは?」
と思うかもしれません。
ここで「統計学」が登場します。
実は、プロの投資家は勘でオプションを売っているわけではありません。
過去の価格データ(標準偏差など)を分析し、
「1ヶ月以内にこの株が100万円から70万円に暴落する確率は、統計的にわずか2%しかない」
といった計算を行っています。
つまり、「98%の確率で何事もなく終わり、2万円の保険料が自分のものになる」という、極めて勝率の高い有利なゲームを見つけ出した時にだけ「売り手」に回ります。
自動車保険の会社(事故の発生確率を緻密に計算して保険料を決めている)をイメージすると理解しやすいかもしれません。
オプションの「売り」最大の注意点
オプションの買い手が「損失限定・利益無限大」であるのに対し、売り手は「利益限定(受け取ったプレミアムのみ)・損失無限大」というリスクを背負います。
勝率が非常に高いとはいえ、めったに起きない「想定外の大暴落」が起きた際のリスクは甚大です。
だからこそ、オプションを売る際には「VaR(最悪の損失額)」など統計学を用いて厳密に計算し、最悪の事態が起きても絶対に破産しないような徹底した資金管理が求められます。
このように、デリバティブは「宝くじ」を買う側になることも「保険会社」として運営側に回ることもできる自由度の高い投資ツールといえます。
デリバティブの価格とは?
ここまで読むと、
「損失が限定されていて利益が無限大なら、全員デリバティブをやればいいんじゃない?」
と思うかもしれません。
しかし、デリバティブも完璧な投資手法というわけではありません。
例えば、先ほどの例で支払った「プレミアム(5万円)」は、どうやって決められたのでしょうか?
もしこの適正価格が1万円だったとしたら、あなたは「割高な権利」を買わされていることになり、長期的には必ず損をしてしまいます。
このように、デリバティブの価格は「損をする・利益を上げる」ことに直結します。
実は、デリバティブの価格は業者の言い値で決まるわけではなく、統計学を用いて厳密に計算されています。
過去の価格の散らばり(標準偏差=ボラティリティ)を計算し、「この株が来週12,000円に到達する確率は何パーセントか?」を正規分布などの統計データから客観的に導き出します。
そして、「ブラック・ショールズ・モデル」や「二項モデル」といった無裁定価格理論(数学的に絶対に損をしない価格を割り出す計算式)を用いて、プレミアムの「真の適正価格」を算出しています。
まとめ
デリバティブ取引は「簿記に登場する論点」だけでなく、企業や個人を問わずに頻繁に活用されています。
- 簿記の知識で、企業がどうやって倒産リスクを回避しているか(ヘッジの仕組み)を知る。
- その仕組みを個人の投資に応用し、「資産を守る盾(プット)」と「資産を増やす矛(コール)」として使い分ける。
- 統計学の知識を使って、支払うプレミアムが「割安か・割高か」を冷静に計算し、勝率の高い有利な取引だけ参加する。
これらの知識を組み合わせることで、デリバティブは資産を「守る・増やす」投資の手段になります。
「なんとなく上がりそうな株を買って祈る」だけの投資ではなく、リスクとリターンを自らコントロールする論理的な投資も選択肢に入れてみてはいかがでしょうか!
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